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■シグマがすごいものを出してしまったのでちょっとあたふたしているのである

 日本の一眼レフカメラメーカーには、かつて5大メーカーと呼ばれた、オリンパス、キヤノン、ニコン、ペンタックス、ミノルタがあって、それ以外にもコンタックス(ヤシカ/京セラ)やリコー、コシナとかもあって、デジタルになってソニーとパナソニックが参入したりして、日本=カメラ大国というイメージだったのが、ここ数年のうちに、ミラーレス化が進んで、一眼レフメーカーのほうが少なくなってしまった。

 残り少ない一眼レフメーカーのうち、唯一、ミラーレスカメラを発売していなかったのがシグマだったのに、そのシグマが、昨日(2016年2月23日のことである)発表したのがsd Quattroとsd Quattro Hという、2つのミラーレスカメラである。

 名前が「sd」であるのを見ればわかるとおり、これは一眼レフのSD1 Merrillの後継的位置づけとなるモデルであろうし、つまりは、シグマが一眼レフからミラーレスに舵を切ったのだと読み解くべきだと思う。

 ようするに、数少ない一眼レフメーカーが、またひとつ減った、ということである。まあ、今のところはまだSD1 Merrillは現行品だし、おそらくしばらくは併売されるだろうけれど、実質的には、日本の一眼レフブランドはキヤノン、ニコン、ペンタックスの3つだけになってしまう、ということである。

 が、まあ、そんなことはどうでもよい。

 肝心なのは、sd Quattroが、すんごく魅力的なカメラである、ということだ。

 もちろん、ワタシにとっては、という意味である。

 補間処理のいらないFoveon X3ダイレクトイメージセンサーが生み出す解像感云々についてはここでは語らない。キリがないから。

 目下のワタシの興味は、APS-Cサイズのsd QuattroとAPS-Hサイズのsd Quattro Hのどちらを選ぶか、そして、どんなシステムを組むか、である。

 sd QuattroにはAPS-Cサイズ用のDCレンズが使用できる。つまり、レンズの選択の幅が広いところがメリットである。一方のsd Quattro Hは、センサーサイズが大きい分、画素数が増える(ざっと計算したところ、2機種の画素ピッチはほぼ同じである)。つまり、より高解像度な画像がえられるのが強みなわけだ。

 sd Quattroなら、広角は8-16mm F4.5-5.6 DC HSM(12-24mm相当)か10-20mm F3.5 EX DC HSM(15-30mm相当)。標準域は17-70mm F2.8-4 DCマクロOS HSM Contemporary(25.5-105mm相当)もあるし、18-35mm F1.8 DC HSM Art(27-52.5mm相当)とかもある。望遠域はAPO 70-200mm F2.8 II EX DG マクロ HSM(105-300mm相当)もあるが、発表されたばかりの50-100mm F1.8 DC HSM Art(75-150mm相当)もおもしろい。明るいのは重たいから運用が大変そうな気もするが。

 一方、sd Quattro Hだと、広角は今のところ12-24mm F4.5-5.6 II DG HSM(15.6-31.2mm相当)しか選択肢がなく、標準域も広角側が弱い24-105mm F4 DG OS HSM Art(31.2-136.5mm相当)などになってしまう。

 それなら単焦点で組んでしまうか、と言っても、広角は選択肢がないので12-24mm F4.5-5.6 II DG HSMで。これに35mm F1.4 DG HSM Art(45.5mm相当)、50mm F1.4 DG HSM Art(65mm相当)、85mm F1.4 EX DG HSM(110.5mm相当)、マクロ 105mm F2.8 EX DG OS HSM(136.5mm相当)、APO マクロ 150mm F2.8 EX DG OS HSM(195mm相当)あたりが、画角的にほどよい感じになってくれる。

 あとは、センサーサイズが大きくなったことで消費電力がどれぐらい増えているか(つまり、電池の持ちが心配なんである)、EVFの見やすさ(左目利きにはつらそうな位置にレイアウトされているのだ)とかが気になる点。液晶モニターも、かなりの横長タイプなので、画像表示領域がどれぐらいな確保できているのか不明なところも多いのだけれど、発売が待ち遠しくて仕方がないのでありますね。


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■歪曲収差が嫌いである、という長ったらしい愚痴を書いてみた。

 歪曲収差が嫌いである。

 歪曲収差というのは、まっすぐな線が曲がって写る現象である。

 ザイデルの5収差というのがある。球面収差、コマ収差、非点収差、像面湾曲、それと歪曲収差。その5つをいう。

 収差というのは、本来収まるべき位置にきっちり収まってくれない、理想と現実の差のことである。歪曲収差であれば、まっすぐの線がまっすぐに写るのが、収差ゼロの状態で、それが理想である。そこから離れる、つまり直線が曲がって写る、その曲がり方がひどくなるにつれて悪い評価となる。

 もう一度繰り返すが、歪曲収差はゼロが理想である。

 理想であるが、現実は簡単ではない。理想のとおりではないということだ。

 歪曲収差であれば、まっすぐな線をまっすぐに写すのは難しい。そうできる場合もあるが、それができないレンズもある。特にズームレンズでは、焦点距離を変化させることによって収差も変動してしまうため、ゼロにするのがよけいに難しくなる。焦点距離が固定された単焦点レンズでも、広角系の場合は、やはり難しい。

 だから、まっすぐな線がまっすぐに写るレンズは、それほど多くない。

 が、本来はゼロにすべきものである。ゼロにできなくても、可能なかぎりゼロに近づけるのが、メーカーの仕事である。

 たとえば、キヤノンのサイトの「収差」の項には、こんな記述がある。

 いわく「写真レンズによる結像は、/点は点に結像する。/正対する面は面として結像する。/被写体とレンズによる結像は相似である。/を理想とし(以下略)」

 点は点として、面は面として写ること。そして、被写体の形と写った像の形が同じであること、つまり、まっすぐの線がまっすぐに写ること。これを理想とする。そういう意味である。

 ところが、最近、歪曲収差を放置したレンズが増えつつある。

 放置した、という言い方はよくないかもしれないが、それに近い印象を与えるレンズが少なくない。

 本来、ゼロにすべきものを、あえてゼロにせず、そのかわりに、ほかの収差をゼロに近づけていたり、小型軽量化をはかったりしている。そういう手法をとったレンズが存在しているのである。

 というのは、デジタルだと、撮影後に歪曲収差を補正することができるからだ。RAW現像ソフトや画像処理ソフトを使って、曲がって写った線を、まっすぐに直すことができる。最近は、レンズの特性を記述したプロファイルというものを利用して、ワンクリックで歪曲収差や周辺光量低下などを補正する機能を持ったソフトウェアもある。

 そういう機能を使って補正することを前提にしているのである。

 それが悪いとは言わない。

 そういうやり方があるのは認めるし、そういう機能を便利に使ってもいる。

 が、だからといって、そのやり方を歓迎しているのではない。

 はっきり言う。

 嫌いである。

 歪曲収差をあえて残して、それを後処理で補正するという手法が嫌いである。

 ということを、声を大にして言っておきたいのである。

 どうして嫌いなのかと言うと、ひとつには、歪曲収差が絞っても改善されないからだ。

 レンズの収差のうち、球面収差とコマ収差は、絞ることで格段に低減できるし、非点収差や像面湾曲も、根本的にではないが、絞ることでマシになる。ザイデルの5収差とは別の色収差も、軸上色収差については、やはり絞ればよくなる。

 つまり、絞ることを前提に考えれば、おおめに見られるものばかりなのである。

 それに対して、歪曲収差は絞っても変わらない。曲がって写る線が、絞ればまっすぐになる、なんてことはない。絞りを明けて曲がるレンズは絞っても曲がったままである。

 絞って改善される収差は、使い手の工夫で問題を小さくできる。

 しかし、絞っても変化しない収差は、ユーザーにはどうしようもない。そのどうしようもないのが、歪曲収差なのだ。

 絞ればマシになるなら絞る。絞って解消されるものなら絞ってみせますよ。

 でも、そうじゃない。

 開けても絞ってもどうにもならないから、設計の段階でどうにかしておいて欲しい。

 ゼロにするのが大変だと言うなら、ゼロにしろとは言わない。ただ、目立たないようにしておいてくれ。そう言いたいのである。

 なのに、歪曲収差は放置されている。

 放置されているよ言うより、むしろ、以前より大きくさえなっている。

 どうせ後処理で補正するんだから、少しぐらい曲がっていても平気だろう。そう言われている気さえする。

 ユーザー側も、形が整った歪曲収差だから後処理で補正しやすい、などと言う。歪曲収差をわざと残したメーカーをフォローする。

 結果、そういうレンズが増えてしまっているのである。

 それがたとえば、ミラーレスカメラでリアルタイムの歪曲収差補正が前提なら話は違う。

 モニターなりEVFなりに映るライブビュー映像自体が補正された状態であれば、ユーザーは歪曲収差を目にすることはないからだ。

 しかし、光学ファインダーで撮影する一眼レフの場合、ファインダー像は補正されないので、曲がったままの像を見ながら撮ることになる。

 そうすると、画面の水平、垂直がはっきりわからない状態で撮らなくてはならなくなってしまう。

 なにしろ、水平や垂直を確認するための基準とするべき線が、ぐにゃっと曲がっているのだ。どこにどう合わせれば水平なのか、わからなくなってしまうではないか。

 困るでしょう? 困りますよね?

 そういうことなのである。

 歪曲収差の多いレンズでは、画面が微妙に傾いていても、気付きにくいのである。

 水準器を使えばいいと思うかもしれない。

 が、カメラに内蔵されている水準器は、たいていの場合、1度単位の傾きしか判別できないし、建物などを仰ぎ見る角度で撮るときは、さらに精度が下がってしまう。

 結果、現像ソフトで歪曲収差を補正してから、画面が傾いていることに気付く。そういうことが起きてしまう。それで傾きを補正する。そういうケースはけして少なくない。

 こうした補正操作によって、画質は確実に劣化する。そんなに大きくないかもしれないけれど、間違いなく低下する。

 つまり、歪曲収差の多いレンズのせいで、レンズの性能もカメラの性能も削られるのである。レンズが画質を損なってしまうのである。そういうことが起こりえるのである。

 それだけではない。

 歪曲収差を補正することによって、画角も変化する。

 単焦点の広角レンズやズームレンズの広角側でありがちなタル型の歪曲収差を補正すると、必然的に四隅はカットされる。その分、画角が狭くなる。16mmのレンズが、実質的に17mmになったり、18mmになったりするわけだ。

 また、歪曲収差の多いレンズで撮るときに、補正後の画面に、どこからどこまでが写るのかを計算するのが難しいという問題もある。

 なにしろ、ファインダーで見えているのに、最終的な仕上がりでは切れる部分が出てしまうのだ。

 視野率100%のファインダーだとしても、である。

 つまり、歪曲収差の後処理による補正を前提としたレンズを使うと、ファインダーの視野率が100%だろうがどうだろうが、画面で見えているのに写らない部分ができてしまう。ようするに、不正確なファインダーになってしまうということだ。

 見える範囲と写る範囲が一致することが強みであり、誇りでもあるはずの、視野率100%ファインダーが、歪曲収差のせいで台無しにされてしまうのである。

 それを許してよいのか。という話である。

 画質に影響が出る。レンズの画角がスペックと違ってしまう。ファインダー視野が不正確になってしまう。そういうマイナス部分があるのを許せるか。

 そういう話なのである。

 ワタシはいやだ。

 オレは許せないよ。

 だから言う。

 歪曲収差が嫌いだ、と。

 そういうことである。


■目標、三日坊主

カミサンから、もうちょっとまじめにやんなさい、と叱られまして、ブログにも少し力を入れて取り組むことにした次第。ヒマで遊んでるぐらいなら、Twitterのフォロワーさんや読者の皆さんの疑問に答えるお悩み相談みたいなのやってみたら、と提案されたもんですから、とりあえず、カメラやレンズについて、よくわからないこと、知りたいことなどございましたら、コメントやメールフォーム、Twitter等にて投げていただいて、わかる範囲で答えさせていただこうと考えております。ただまあ、仕事の合間を縫って、という形になりますんで、レスポンスの早さはあまり期待できないんじゃないかと。ワタシ的には、仕事わんさかギャラうはうは状態が理想というのもあって、目標はかなり低めです。そのあたり、ご理解いただきましたうえで、よろしくおつきあいくださいますようお願いいたします。


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