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■歪曲収差が嫌いである、という長ったらしい愚痴を書いてみた。

 歪曲収差が嫌いである。

 歪曲収差というのは、まっすぐな線が曲がって写る現象である。

 ザイデルの5収差というのがある。球面収差、コマ収差、非点収差、像面湾曲、それと歪曲収差。その5つをいう。

 収差というのは、本来収まるべき位置にきっちり収まってくれない、理想と現実の差のことである。歪曲収差であれば、まっすぐの線がまっすぐに写るのが、収差ゼロの状態で、それが理想である。そこから離れる、つまり直線が曲がって写る、その曲がり方がひどくなるにつれて悪い評価となる。

 もう一度繰り返すが、歪曲収差はゼロが理想である。

 理想であるが、現実は簡単ではない。理想のとおりではないということだ。

 歪曲収差であれば、まっすぐな線をまっすぐに写すのは難しい。そうできる場合もあるが、それができないレンズもある。特にズームレンズでは、焦点距離を変化させることによって収差も変動してしまうため、ゼロにするのがよけいに難しくなる。焦点距離が固定された単焦点レンズでも、広角系の場合は、やはり難しい。

 だから、まっすぐな線がまっすぐに写るレンズは、それほど多くない。

 が、本来はゼロにすべきものである。ゼロにできなくても、可能なかぎりゼロに近づけるのが、メーカーの仕事である。

 たとえば、キヤノンのサイトの「収差」の項には、こんな記述がある。

 いわく「写真レンズによる結像は、/点は点に結像する。/正対する面は面として結像する。/被写体とレンズによる結像は相似である。/を理想とし(以下略)」

 点は点として、面は面として写ること。そして、被写体の形と写った像の形が同じであること、つまり、まっすぐの線がまっすぐに写ること。これを理想とする。そういう意味である。

 ところが、最近、歪曲収差を放置したレンズが増えつつある。

 放置した、という言い方はよくないかもしれないが、それに近い印象を与えるレンズが少なくない。

 本来、ゼロにすべきものを、あえてゼロにせず、そのかわりに、ほかの収差をゼロに近づけていたり、小型軽量化をはかったりしている。そういう手法をとったレンズが存在しているのである。

 というのは、デジタルだと、撮影後に歪曲収差を補正することができるからだ。RAW現像ソフトや画像処理ソフトを使って、曲がって写った線を、まっすぐに直すことができる。最近は、レンズの特性を記述したプロファイルというものを利用して、ワンクリックで歪曲収差や周辺光量低下などを補正する機能を持ったソフトウェアもある。

 そういう機能を使って補正することを前提にしているのである。

 それが悪いとは言わない。

 そういうやり方があるのは認めるし、そういう機能を便利に使ってもいる。

 が、だからといって、そのやり方を歓迎しているのではない。

 はっきり言う。

 嫌いである。

 歪曲収差をあえて残して、それを後処理で補正するという手法が嫌いである。

 ということを、声を大にして言っておきたいのである。

 どうして嫌いなのかと言うと、ひとつには、歪曲収差が絞っても改善されないからだ。

 レンズの収差のうち、球面収差とコマ収差は、絞ることで格段に低減できるし、非点収差や像面湾曲も、根本的にではないが、絞ることでマシになる。ザイデルの5収差とは別の色収差も、軸上色収差については、やはり絞ればよくなる。

 つまり、絞ることを前提に考えれば、おおめに見られるものばかりなのである。

 それに対して、歪曲収差は絞っても変わらない。曲がって写る線が、絞ればまっすぐになる、なんてことはない。絞りを明けて曲がるレンズは絞っても曲がったままである。

 絞って改善される収差は、使い手の工夫で問題を小さくできる。

 しかし、絞っても変化しない収差は、ユーザーにはどうしようもない。そのどうしようもないのが、歪曲収差なのだ。

 絞ればマシになるなら絞る。絞って解消されるものなら絞ってみせますよ。

 でも、そうじゃない。

 開けても絞ってもどうにもならないから、設計の段階でどうにかしておいて欲しい。

 ゼロにするのが大変だと言うなら、ゼロにしろとは言わない。ただ、目立たないようにしておいてくれ。そう言いたいのである。

 なのに、歪曲収差は放置されている。

 放置されているよ言うより、むしろ、以前より大きくさえなっている。

 どうせ後処理で補正するんだから、少しぐらい曲がっていても平気だろう。そう言われている気さえする。

 ユーザー側も、形が整った歪曲収差だから後処理で補正しやすい、などと言う。歪曲収差をわざと残したメーカーをフォローする。

 結果、そういうレンズが増えてしまっているのである。

 それがたとえば、ミラーレスカメラでリアルタイムの歪曲収差補正が前提なら話は違う。

 モニターなりEVFなりに映るライブビュー映像自体が補正された状態であれば、ユーザーは歪曲収差を目にすることはないからだ。

 しかし、光学ファインダーで撮影する一眼レフの場合、ファインダー像は補正されないので、曲がったままの像を見ながら撮ることになる。

 そうすると、画面の水平、垂直がはっきりわからない状態で撮らなくてはならなくなってしまう。

 なにしろ、水平や垂直を確認するための基準とするべき線が、ぐにゃっと曲がっているのだ。どこにどう合わせれば水平なのか、わからなくなってしまうではないか。

 困るでしょう? 困りますよね?

 そういうことなのである。

 歪曲収差の多いレンズでは、画面が微妙に傾いていても、気付きにくいのである。

 水準器を使えばいいと思うかもしれない。

 が、カメラに内蔵されている水準器は、たいていの場合、1度単位の傾きしか判別できないし、建物などを仰ぎ見る角度で撮るときは、さらに精度が下がってしまう。

 結果、現像ソフトで歪曲収差を補正してから、画面が傾いていることに気付く。そういうことが起きてしまう。それで傾きを補正する。そういうケースはけして少なくない。

 こうした補正操作によって、画質は確実に劣化する。そんなに大きくないかもしれないけれど、間違いなく低下する。

 つまり、歪曲収差の多いレンズのせいで、レンズの性能もカメラの性能も削られるのである。レンズが画質を損なってしまうのである。そういうことが起こりえるのである。

 それだけではない。

 歪曲収差を補正することによって、画角も変化する。

 単焦点の広角レンズやズームレンズの広角側でありがちなタル型の歪曲収差を補正すると、必然的に四隅はカットされる。その分、画角が狭くなる。16mmのレンズが、実質的に17mmになったり、18mmになったりするわけだ。

 また、歪曲収差の多いレンズで撮るときに、補正後の画面に、どこからどこまでが写るのかを計算するのが難しいという問題もある。

 なにしろ、ファインダーで見えているのに、最終的な仕上がりでは切れる部分が出てしまうのだ。

 視野率100%のファインダーだとしても、である。

 つまり、歪曲収差の後処理による補正を前提としたレンズを使うと、ファインダーの視野率が100%だろうがどうだろうが、画面で見えているのに写らない部分ができてしまう。ようするに、不正確なファインダーになってしまうということだ。

 見える範囲と写る範囲が一致することが強みであり、誇りでもあるはずの、視野率100%ファインダーが、歪曲収差のせいで台無しにされてしまうのである。

 それを許してよいのか。という話である。

 画質に影響が出る。レンズの画角がスペックと違ってしまう。ファインダー視野が不正確になってしまう。そういうマイナス部分があるのを許せるか。

 そういう話なのである。

 ワタシはいやだ。

 オレは許せないよ。

 だから言う。

 歪曲収差が嫌いだ、と。

 そういうことである。

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